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2017/05/31 (Wed) アダルトチルドレン

※過去の記事から、再編集。


「アダルトチルドレン」
という言葉をはっきり知ったのは、
確か2005年頃のこと。

その前に「共依存」という言葉を知って、
いろいろ調べているうちに、
「あの時もっとちゃんと理解してれば…!」
と思った記憶があるから、
いつのどんな「あの時」かは忘れたけど、
自分なりに
共依存的な思考で
後悔するようなできごとに出くわした事が
すでにずっと以前にあったんだと思う。







自分の恋愛観とか、
母への、母との感情を深く見つめて行ったら
私は私以外の感情に
必死になって生きていた、という事を実感して、
以降、「自分を感じる」「自分を知る」
という行為に没頭していった。

知れば知るほど
自分の気持ちを、思いをないがしろにして来た事実を
受け止めざるをえなくて、
やっぱり「後悔」というのが一番近いかな、
何度も何度も
これまでの自分に謝りたくなることがあった。

そして、この感覚を避けたいからこそ
向き合わないという方法を
無意識で選んでいたことも。

それは「悪いこと」では全然ないけど、
自分の人生に責任をもつ
自分の人生を有意義に生きる
という意味からすると
とてもかけ離れた行為なんだと今は思う。

そして、後悔して終わらないのは
今その、自分への謝罪が済んだらそれ以降は、
自然と時が動き始め、人生は変化していく。





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幼き頃のわたし。







自分の気持ちを無視して
誰かと関わったり、何かに向かった事の結果は
当然、本意ではないから、
その「本意ではない結果」を何度も何度も目の当たりにして
「人生こんなもん」
「私なんてどうせ」
と諦めてしまうのか
誰かや何かのせいにするのか
それとも
「おかしい」「こんなはずじゃない」と気づくことで
「本意に向かう意志」を取り戻せるかどうか。

私の場合、何度かその「おかしいな」があり、
いよいよカウンセリングを予約した日
その向かう道すがら、
車の中で気分が楽になってしまった。

自分で自分を救う、という行動に出たことが
自分に勇気を与えたんだと思う。

今思うと、私って強いんだな。
自分を、自分の人生を甘くみたり、諦めたりしなかった。

その後、私はカウンセラーになり、
クライアントからカウンセラーへの道を歩むわけだけれど、
今でも私はクライアントであり
カウンセラーなんだ、という意識は変わらないかな。






特にやっかいなブロック(自分の抑圧)は
丁寧に丁寧に向き合うも
だいぶ時間がかかったけれど
「自分への謝罪」
が繰り返されると、拗ねたり諦めたりしてきた自分からの
信頼が再びとり戻されて行った。
仲間もできた。

他者を介した優越感からくるものと
誰でもない自分への自己信頼と
混同して「自信」という言葉が使われたりするけれど
今の私は「自信がある」というのは
自分との和解ができている、ということなんだと思ってる。




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娘。






だから、クライアントの勇気は
あの時の私の勇気と重なることもあるし、
人の無限の可能性を思えば
私じゃない誰かが
私には成し得ない、
その人の、その人だけのオリジナルの人生を
豊かに、軽やかに歩んで行こうとするその姿に
涙が出ることもしばしば。

これはもう、ひとつとして繋がっている
魂の喜びなんだろうな、と思っています。

自分の幸せに責任をもつ。

その覚悟は、自分だけの幸せに
しておきたくてもできないくらい
大きく、尊い力なんだと思います。

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