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2015/02/01 (Sun) 妊娠2


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▲ 妹みたいな友人の結婚パーティにて。

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▲ デザインコンサル後の、うれしかった手紙。






前々から話していた結婚式のことは、
妊娠の様々などで延び延びになっていて
「でもとりあえず、ドレスを着る経験はしてみたい」
と言って、試着しに行く当日の朝。

「人っていうのは、孤独なんかじゃない。
 お母さんと子どもと、一緒に力を合わせて産まれてくるの。
 どっちかの意志とか力だけじゃ無理なの。
 お医者さんとか、助産師さんとか、役所の戸籍課の人とか
 命が産まれてくる場所には必ず誰かしらがいて、
 自分が、この世界に来たことを知ってるんだよ。」

おもむろに、口をついて出てくる言葉とともに、泣いていました。
自分でも、突然こんな時に、何言ってるんだろうと思いながら

無意識の私は、無意識を汲み取ってしまうから、
後になってそれは、夫と、
そのどこか寂しげな目に映る私自身への
全身全霊の想いが言葉になったんだ、と思いました。

黙ってそれを聞いていた夫は、静かに
「胸がいっぱいだよ」
と言いました。

そして、ドレスを着るという
「幸せ」のシンボルみたいな事が
本当に現実になることが、まだどこか信じられなかったというか。

それと同じくらい
私が内心かかえていた恐さ、
その、葛藤ゆえの言葉。








ある時のヒプノセラピーで、
私は、今から生まれ行く場所から
若い両親二人を眺めているシーンが出て来ました。

母はすねて父に背を向けていて、
けれど父は母の横で笑顔で。

あれから、この世に生を受け40年近く経つ間中、
素直に愛を伝え合えない二人を必死に繋ぎ止めようとして
変わらない現実に
自分の無力さを味わい続けて来たんだなぁ、と。

生きることへの絶望さえも、心の奥にしみ込ませて。







「お母さん、結婚式したかった?」
「写真くらい撮りたかったわよ」

あの日、病院の談話室で母が言いました。

私はお母さんのその想いを、
どこかで察していて、だからずっと
「私はお母さんより幸せになっちゃいけない」
と思ってたんだ。

そうすることで、私なりに、必死に母を守ってたんだ。
そんなこと、誰も望んでないのに。

長く飲み込まれたままの
母の心の声が解放されると同時に、
私は、自分の素直な想いを感じることを赦すことができ、
生まれてから一度も、まともに考えたことのない
「結婚式」
のことをようやく、初めて想像することができました。

そして幼少期に見た、忘れられない
幻のような、夢のような記憶。
当時住んでいた家の外にある小屋の中で、
なぜか結婚式をする花嫁と花婿の光輝く美しい姿を、
私は地べたから、蛙の姿をして見上げている
という不思議なあのワンシーンは、
私の、母から続く憧れと羨望の念の塊として
印象的に残っているのかも知れないな、と思いました。

そして、偶然にもその日、病院の駐車場で
夫となった(当時の)友人から
ちょうど電話がきたんだった。






試着から帰宅し、しばらく興奮と余韻を味わいながら、
こうして、自分の気持ちに気づいて素直になること
そんなふうに今を土台に生きていくその先には、
いずれ、私が亡き祖父母を思うように、
子孫や未来を生きる命たちの歴史の一部に
私たちもなるんだ、ということを突如、痛感。

その壮大さに圧倒されそうになりながら、
私は、私の人生を、これからもずっと
喜びとともに創造していきたい、と思いました。







日々が過ぎ、
ようやく新しい生活にも慣れ始めた秋のはじめ、
なんとなく、色んな事の節目が訪れた気がして、
さて、次に進みますか。と、

「みんなと一緒に、お寺で供養してもらうこともできます」

と先生が言っていた
神奈川のお寺に行くことに。

“供養”かぁ…、となんとなく、
その感じがしっくり来なかったのは
「ディズニーランドに来るくらい楽しい事みたい」
と、命が母体に宿って、地球を眺める子どもの心境を
先生から聞いていたせいもあるし、
大事なのは、自分の感情昇華だと思いながら。

思いのほか、場の雰囲気に引き出されるかのようにして、
お寺って「帰って行った」証を残す場所なんだなぁ。
という気持ちになって、涙がどんどん出て来ました。

もう充分、泣き尽くしたと思ってたけど。








意外だったのは、突然、10代の頃
北海道に住んでいた時の私を思い出したこと。

あの頃の私は、まさか自分が命を宿すなんて
想像もしてなくて、でも
想像以上の経験を経て
今こうして、その後のさらなる景色を眺めていて。

怯えながらも自律を志して親元を離れたものの、
葛藤しながら、強がりながら生きていた当時の私に、
「大丈夫だよ」と言ってあげられる今が
誇らしいような気持ちにもなりました。

成長、してるよね、私。

止むまで泣いて、
「お腹すいた!!」
と、夫とご飯を食べに行きました。







いろんなことがしたくなって、
とりあえず、と友人と始めたジャイロキネシス。

「シードセンター」って「種の中心」て意味?
だとしたら、やっぱりちょっとシンボリック。

申込を済ませ、初めてスタジオに行くその日に、
再び、妊娠検査薬に「陽性」の反応。
季節をひとつまたいで、再び命が宿りました。

ずいぶん前だけど、いろんなものを飛び越えて、
自分の赤ちゃんを抱くビジョンが、
突然見えたことがありました。
その存在のあったかさと、ずっしりとした重さに泣いたことを思い出します。

2014年が私にとっての大転換期になるだろうことは
何年も前から予感していたものの、
青天の霹靂のように起こった結婚と妊娠。

けれど実際に、名前や生活環境が変わり、新しい日常が訪れると
その周辺の諸々がこんなにボリューミーで
濃厚だとは思いも寄らなかったし、
言葉に尽くせない様々な想いや痛みは、私が私を奥底で否定する罪悪感。

パターン化した自分へのジャッジメントをやめ
その両極端な景色や感情の間に立ってみると、
変わらずにある周囲の大切な存在があって、
私が私のスピリチュアリティとセクシャリティを
受け容れて生きることは
命を引き換えにするくらいの覚悟がいる選択だったんだな、とつくづく。

ただ、私にとっての「ほんとうのこと」は
すごいとかヤバいとか、正しいとか間違いとかを超えてて。

ありのままで、そのままで、自分らしく、
壮快な答え合わせをしながら、
好奇心に従って、これからの歩を進めます。

限界知らずで、幸せになります。
たくさん、たくさんの夢を描きながら。

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