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2015/02/01 (Sun) 妊娠1

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▲ お正月、山形。

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▲ 関越自動車道で見た、彩雲。






昨秋から、ジャイロキネシスを始めました。

ジャイロは「円」や「らせん」の意味で
講師いわく「シードセンター」と言って
丹田(第二チャクラあたり)で
身体をバランスしながら
関節の稼働域を広げる、というエクササイズ。

耳慣れなくて面白そうだし、
何か新しいことを初めたくなって、
友人と、なんとなく始めたのですが。






さて。

ブログを遡って読んでくれた
久しぶりの古い親友からきっかけをもらい、
ずっと、なんとか言語化したくて
でもしきれなくて・・・を繰り返していた
昨春の妊娠の一連を書いてみようと思います。

「玲子は表現にこだわってたもんね」
と言われて改めて
「そうだったなぁ」と。

再現性が大事、というか、やや完璧主義的。
経験や体感の中にある感情のニュアンスを思い出して
そのことで自己理解を深めたい
というのが、そもそも私の日記を書く理由。
というわけで、長いです。
内容的に、無理な方はお止めください。

当時の様子はこちら

「赤ちゃん、いますね。まだ動かないけど」

池川先生のひと言で、私は母になりました。

「命が、宿ったんだ」







映画『かみさまとのやくそく』のことを友人から聞き、
夫とふたりで観に行った直後のこと。

胎内記憶、前世、母子の深い関わりについて…
私的にはこのためのこれまで、
と言っても過言ではなく
魂の側面から「お産」の現場に立ち合っていらっしゃる
産婦人科の医師に逢いに行ってみよう、と。

一連は、先生に逢うために起こった出来事
のようにも感じました。

そして、
「セラピストとして、この経験が大事だったのかも知れないね」
という先生の言葉も、耳に残りました。

どうして過去形なんだろう??









妊娠がわかって、たった数週間のうちに
胸は張るし、腰や足の付け根は痛くなるし、
気づくとガニ股になっているし、
貧血っぽくもなるし。

3ヶ月目過ぎても気づかなかった、
という友人もいるから、
とにかく個人差があると思います。

とうの私は、まるですっかり、妊婦の身体。

心の準備ができていなかったせいか、
そうやって、母体になろうとするのに従って
急に「私にしか守れないもの」を持ったという
責任感が押し寄せてきました。

今まで感じたことのあるそれとは、まったく異質な。

よく、ホルモンバランスの影響で、情緒不安定になる
とかいうけど、私の場合は単に
意識が覚醒して拡大してた、という感じです。

「子宮とお話してください」
と言われたけれど、
子宮に意識を向ける間もなく
目の前の事に対して、ダイレクトに答えが与えられるような。

不思議なできごとも色々ありました。

夫は早速、お腹の存在に名前をつけ、
「さすがドンピシャ!」と思いました。
そう思う理由も、よくわからないまま。







数日して、夫が実家の法事で帰省し、
お花見をかねて集まってくれた友人たちに
覚醒した意識の中で感じる様々を
ワーワーと話しているうちに、さっきまで
シクシクと感じていた下腹部の痛みが強くなり、トイレで出血。

電話口で夫は「やっぱり…」と小さく言い、
私も、そう思いました。
もう少し、心の準備をしたり、二人でいる時間も欲しかったし。

それにしても、夫は法事で死に向かい、
かたや私は生に向かい合っているという、
このコントラスト。
結婚して家族が一気に倍々に増えて、
私の、夫の、それぞれの背景と前景を含め
共にあることでバランスしあっているような感覚。

あまりの痛みに耐えられなくて、救急車を呼ぶ人も多い
なんて話も最初の病院で聞いていたから、
もしかしたら探してくれてた緊急病院に行くかも、
と夫には言いながら、
「どんなタイミングで行けばいいんだろう??」
なんて考えたりして。

友人たちは、すぐに車の手配をしてくれたり
お腹にレイキを当ててくれたり。
本当、心強かった。
というより心強さを味わうまもなく、
「みんなのエネルギー、高くて息苦しいね(笑)」
と言い合ったくらい。

私はとにかく、この身体で起こっていること、
自分の内側の声を静かに感じたい。
そう思ったら友人が
「玲子は、どうしたい?」と聞いてくれ、
「彼が戻ってくるまで、眠ることにする。」
と、友人たちには、帰ってもらうことに。

にも関わらずその後、だいぶ前から約束していた
アメリカ在住の友人とSkype通話なんか、したりして。

…ある程度の痛みは覚悟していたせいか
身体全体の憔悴感はあるものの、
「なるべく急いで帰るからね!」という夫のメールに
「新幹線の中で急いでもしょうがないじゃん(笑)」
と、心の中でツッコむ余裕、あったなぁ。

妊娠した事で「自分を最優先にして」
といろんな人から言われたけど、
そのことの難しさを痛感しもしました。







夜になり、
殺気さえ感じさせる勢いで、慌てて帰宅した夫が
一応、と病院に電話したら、
24時間体制で何かあったらいつでも対応してくれる、とのこと。

経験豊富であろう助産師さんの判断が欲しくて、でも
「先日、(池川)先生とお話している様子を拝見していて、
 このことは、ご自身で納得されているように感じました」
という言葉から、
「そうだ!私、この一連すべてを味わい尽くすんだった!」
と、我に返りました。

だって私、解ってる。
結果がどうあれ、その経験や体験そのものが
私にとっての必要だってこと。

しばらくして、アメリカから戻ったばかりという
池川先生からも連絡をいただき、
「何かあればいつでも来て下さい」と
こんなにもたくさんの人に守られて、本当にありがたいなぁ!
と思うのと同時に、
命が生み出される事は、多くの人の中での一大事なのだな、と。







翌日、念のため診察に訪れると、
「ああ、ちょうど出て来てたね」
と、胎のうごと取り出されることになりました。

「見てみますか」

うずらの卵大の胎のうの中には、
綺麗なお水と、
「これが赤ちゃんです」と
うっすら、ほの白く光る小さな塊。

光っている(ように見える)塊は、
勾玉のような形をしていて、
これが人になる原型だなんて。

神秘そのものでした。

あまりの美しさと諸々に感動して、
夫「結果的に、先生に取り上げてもらったんですね!!」
私「先生に逢えてよかったぁ〜!」
と泣き。

その後、夫に
「私……卵生んじゃった!!」
と、産婦人科で大爆笑した妊婦は、
世界初なんじゃないかと思います。

状況に対して、私たちのテンションは
なんだかチンプンカンプン。

だけど「流産」て「辛く悲しいできごと」ではないんだな
ということを、改めて思いました。
もちろん、宿る喜びがあるから、
その裏には悲しみがあるけど、
できごと自体は決してそうじゃない。

そこに含まれることの意味合いは大きくて、
命はその周辺の存在とパーフェクトに繋がっているし、
宿ろうとする側の意志、というのがある。

持って来てくれるメッセージたるや
私を成長させるための愛でしかない気がしたし、
「生きる時間の長短が、人生の善し悪しではない」
というのは、実感とともに様々なところで見聞きしたこと。

何より私自身の幼少期の悩みは、
この命を、医療によって変化したり長らえさせられる苦痛
だった(家族が聞いたら悲しむかも知れないけど)。

自分の生命力、生きたい・生きようとする力が枯渇してしまったら、
長生きしたって全然幸せじゃないってこと。
命は、その使命や役割を果たすために生まれ来る。
それぞれに異なる、意志のエネルギーを持って。







後日。

とあるブログで
「精神世界的に、流産する命は、親の葛藤を解消する高級霊」
と見て、やけに納得しました。
あの感覚を言葉にするなら、そういうことだな、と。

命の力は、とにかくパワフルでした。

妊娠が解ってから、
私の身体から離れていくまでのひと月の間、
訪れた命は
「全部、自分の望み通りに生きてるって解ってる!?」
という感じで、多くの「自分」を気づかせてくれました。

「今」に「すべて」があるというのかな。

私は(おそらく)龍の力を内包していて、
同志たちを牽引すべく
印象的な出会いを繰り返してきたこと。

この時代のこの環境すべてを選んで生まれて来たこと。
すべては、完璧に整っていること。
自分の心の声に従って生きることを、もう恐れなくていいこと。
もっともっと自由に、私らしく好きなことをしてればいいこと。

そんなふうに、一部じゃなく、
視界の全部が開けているような感覚は
生まれて初めての体験でした。

全部が全部、無駄はひとつもないんだ。
なにもかも、私の血肉になりながら
必要なもとへの適材として、
私という存在を活かしていく。

友人には「流産じゃなくて、龍産だった」と言いました。
なんのこっちゃ、という感じだけど、
一番言いえてる気がして。








私って、気丈だなあ。

と、常々思っていたけど、そんなある時、夫に
「学びになった、って前向きな玲子に
 俺は、寂しいって言わせなかったね。」
とポロッと言った、
そのひと言が引き金になって
思わずワッと涙がこぼれました。

そう言われてみて、初めて実感した感情。

確かに「生理痛2日目くらいの痛み」
と言っても伝わらない現実や、
この圧倒的な存在感、
言語化しきれない感覚で味わう世界も、
私だけの体感でしかなくて、
あれほど共有したかった「想い」が
こればかりは、どんなに言葉を連ねても
一緒ではないんだ、ということが寂しかった。

そして自然に湧き上がってきた
言いようのない責任感と、
しっかり守りきれるだろうか、という想い。

一度「母体」になったことや
いろんな心づもりが、現実にならなかったこと、
今まで、当たり前に娘だった自分が、
一人の女として自律して行く感覚。
両親の愛と、親を愛する私の想いの、そのボリューム。

夫は運転席に座りながら、ずっと手を握っていて、
その日からしばらく、
自分の生い立ちや過去、使命のことなどに触れ、
泣いて、笑って、泣いて、笑って、
夫婦でたくさん、たくさん話しました。

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