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2012/08/23 (Thu) 自分である、ということ

おとといの夜、山の上に空を見に行きました。



「明かりがひとつもないところ」
を目指していたら、いつのまにか
結構高いところまで行っちゃってた。

山並みの木々の向こう
目の高さから頭上まで、ぐるり。

夜空ってほんとは紺碧じゃなく
霧みたいな薄い灰色なんじゃないかな、
と思うくらいの
無数の、無数の、無数の星と天の川。

あんな空、もう何年ぶりに見ただろう。





北海道に住んでいた頃
みんなで乗馬仲間の牧場に遊びにいった夜
私は向かう途中で居眠りしてしまい、
「着いたよー」の声で目を覚まして。

ねぼけまなこで車から降り、空を見上げて
「あれ、ここプラネタリウムの中なのか」
と、本気で。

本物の星空だと気づくまで数分かかった。

あのときの空のすごさは
史上最高くらいに焼き付いてたけど、
今回は記録更新するくらい。

星ってあんなにあるんだね。
普段見えてないだけで、あるんだ。

気温も湿度も絶妙で、
肌触りのいいシーツにくるまってるみたいな、
完全なバランスで支えられてるような安心感に浸った。
あのまんまずーっとずーっと
眺めていられそうだったなぁ。

こういう、目的も意図もないような、
だけど「見たい」一心で
そこに向かわせる私の子供心は、
いつも必ず望み以上のものを
見せてくれる。






宇宙チャージが完了し、満ち足りた気分で
帰宅して翌日
ふと思い立ってカードをひいてみた。

ひと呼吸おき、直感で一枚をひく。
結局、この直感を自分の真実として信じられるかどうか、
ということなだけ
なんだけど。

プラセボとかのレベルじゃない、
衝撃的で象徴的な、ずどん!と
ど真ん中に落ちる一言。
突然、ぼろぼろ涙が出る。
やっぱりなぁ…!

「カードとか、やったほうがいいよ」
と何年も前に言われた理由
私、全然解ってなかったなぁ。





私でよかった。

この「私でよかった」を
誰もが、それぞれが味わい、
それを「だよね」と言い合いたくて、ずっと。

ただ、ありのままの
自分を抱きしめ合う同志。
目に見えるものの「違い」という
差を取り合う同志。

家族の元に生まれた全ての人が、
日々を営む一人ひとりが素晴らしく
かけがえのない価値ある存在だ
ということを、自分自身が思い出すこと。

その「かけがえのない価値」
という記憶こそが
唯一の自分、最大限の自分を生きる力。
それを「幸せ」と言わなくて何を幸せっていうんだろう。

それぞれが、自分のリズム、自分のペースで。
私には私の、誰かには誰かの
リズムとペースがある。
確実に刻み続けている、鼓動のリズム。





ものづくりの仕事をするせいか、
色んなものを形にするのは、私の好きなこと。

デザインするものも
クライアントと共に作り出す
形はもちろん、
そもそもの出逢いや
互いのイメージをすりあわせる時間、
できたときの喜び、
そういう全部が私の中では作品。
形はその想いをのせたシンボル。

形とともに、そこから誰に、どう伝わっていくのか
そこにこめた想いが
その先でどんなふう拡がっていくのか、
そんなことにも想いを馳せて。
そのすべてが私にとっての幸せ。






先日、カリフォルニアに住む従姉が、
私が社会人になって初めて作った本を
今でも大事に使ってくれていると言ってた。
もう15年も。

そんなふうにして、私から離れていったものが
時を超え、遠く離れた場所で活躍してるなんて、
なんて幸せなことだろう。

生み出すこと、形にすることは、
きっと一生やっていくこと。

だから、じっくり、ゆっくり、作り上げて行こう。
私らしく、丁寧にあたためながら。
遅かれ早かれ、私の願いはパーフェクトに叶うし、
今だって既に形を変えながら、
目に見えたり見えなかったりしながらも叶ってる。

私が絶対見たいもの。
この身体で感じたいもの。
それを味わっちゃえる力があるってこと、
改めて思い出した。

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