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2011/07/07 (Thu) エンパスと私のバルブ

自分のバルブ、みたいなのがあって、
それをONしたりOFFしたりを、意識的にやってた。

そんな気がした。

意識と無意識の境目がハッキリとは解らないので、
自分でも、そんな気がする、という感じだけど。
先日会話をしながら、「ONにしちゃおう」と自覚した瞬間があった。
今思えば、それは私自身が苦手だった「委ねる」という意識。
自分を媒介にして、入って来るもの、出て行くもの、そういうものを
私自身が取捨選択しない、というような感覚。
言葉にすると、妙だな。

でも、それを受け入れることで、
また感情の駆け込み寺になるのが怖かった、というのは確か。

だけど今回は、ONにするのを許した。
そうしてみたら、感情が見事に揺れた。
やっぱり一瞬、それが自分のものなのか、相手のものなのかが解らなくなって、
だけど「ちがう、私のじゃない」そう思えた。






1995年、自分が書いた日記の中でも、プリントアウトしてまで
何故だか手元に残しておいたものがある。
「ようし、書いてやったぞ!!」くらいの満足感があったっけ。
稚拙ながらも。




人といる時に私が見ているもの、
相手の表情、行動、声、恰好。そして言葉。

それらは無意識で、
他にももっともっと「その人」は私の中に入ってくる。
その人の環境、時間、空気、その人の過去。

私にはそんな、人に付随する様々なものまでも
受け入れることはきっとできない。
それなのに私は、
自分である全てを受け入れて欲しくて、もどかしい。
何かわからないものに、いつも怯えている。




読み返しても、それが一体どんな状態で、
どんな感覚なのかが解らなかったのは、予想外だった。
私が日記を書くのは「忘れないため」だったというのに。
出来事は文字に残っても、感情は薄れてしまう。

自分を生きるということは、様々な出来事と感情とが繋がって、
太い「自分」というパイプの流れを持つこと。
そう解って来た今だからか、ようやく、この時の心情が蘇って来た。
私は、もっともっと自分のバルブをONにして生きていたから、
「私、カメレオンだから」なんて言ってたんだろうと思う。

相手と自分の境目が解らないときは、本当に辛かった。





今もまだ、ココが境目、とハッキリ解るわけではないけれど、
私が私を見つめ続ける、ということにはきっと間違いない。
そして、ONにすることでできること、みたいなものも見えた。

そして、この経験をなくして、
これから先、私がやって行きたいと思うことは
成せなかったんだろうな、という感覚も、
なんとなく、芽生えている。

どうだろう?私、妙にストイックなところがあるし、
真面目ちゃんだからなぁ。
とりあえず、いっぱい寝て、いっぱい食べて、
いっぱいワクワクすることをしよう。

暑いけど、暑いからこそ
ビールは旨いし水風呂は気持ちいいし、
涼しい夜の寝心地を体感できるんだもんね。

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