2016・03
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2016/03/15 (Tue) 祝い

なかなか作れない「私の時間」。

だけど、子どもの成長や変化は
ものすごいスピードで、
昨日までできなかったことが
今日にはできてたりする。

だから、今は今のこの状況を味わいたくて、
「大変」とか「忙しい」とかいう言葉で、
この時間、この子育てを言い表してしまうのは嫌だなと思う。

大変だよ。
大変だけど、その大変さの中にある
かけがえない、他では味わえない、柔らかく愛おしい時間こそ、
大切な大切な慈しみと営みが凝縮されてる。

娘から目が離せないのは、
この、瞬間瞬間の愛おしさや感動を
目に焼き付けたいから。







義理の両親が買ってくれた
娘へのお雛様の、
その箱がひらかれた瞬間、
「うわ〜!すごいね〜!」
と娘に向かうように言いながら、
思わず涙がこみ上げてきて、
その涙の真意はこうだった。

こうして娘を通して、
「女の子の節句のお祝い」に込められた想いを知り、
そのぬくもりや恩恵を私も一緒にもらってるから。

ずっと「儀礼」や「しきたり」に対してあった違和感。

「しなければならない」
「すべきである」
とルール化してしまった「形式」には
嫌気がさしてもいた。

しておけば間違いがない、とか
文句を言われないように、とか
「そんなの、言いたい人には言わせておけばいいじゃん」
というのは相変わらずそう思う。

けれど、心からの
「してあげたい」
「させてもらえる」
という喜びや祝福への想いという本質を取り戻せたら、
祝い、というのは、
祝う側も祝われる側も、両方にとっての喜びなんだと知った。

そこにあるのは、たったひとつの祈り。







生きるというのは、喜びなんだ。

産まれるというのも、
産み出すというのも、
そして肉体に入り、出てゆくまでの
「生きる」という時のすべては、
私たち人間が望み、叶えたかった
「それ意外のなにものでもない愛」なんだ。

命を、祝おう。

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