2017・11
<< 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/29/30/ >>
2017/11/18 (Sat) 家と貝殻

動きある10月が過ぎ、11月も半ば。

常に動きはあるんだけど
いろんなゆさぶりの中、原因は…と
ここに至るまでを振り返るものの、
あ、今年の2月、すでに転換期迎えてたわ。
と思い出した。

動き、は
主に夫の変化(気づき)が激しくて
それに応じている、という感覚が強い。

と言いつつ、変化(気づき)の発端は
本人の無意識を指摘する(意識化させる)私だったりする。

そうだ、ちょっと前に
「もっと思ってる事や感じてる事、言いたい事を自由に言ってこう」
と決めたんだった。

そして
「応じる」ということは
相手の感覚や感情を
「感じる」わけだから、
私自身の気づきや変化もまた自然と
同時に起こって、自己受容が深まってくる。

パートナーの存在を通して、自分を知る。

怒ったり、泣いたりしながら、
彼に向けているようでいて
自分へのメッセージだった、
というのを、やはり何度も体験した。

そういう意味でも、結婚するとかしないとかじゃなく、
一生を共にする覚悟で生きる同士がいる
って、いいね。






そんな回想と解放の10月、
とくに印象的なものは、
「貝」のことを思い出した事。

私が初めてセラピーの「イメージワーク」
というのを体験した2005年。

確かインナーチャイルドのワークで
部屋の机の引き出しに何が入っているか、
という誘導によって、見えてきたのが
海辺にある家と、透明な素材でできた鏡台。

床には無垢材の板が敷かれていて、
壁は白、照明はアイアンやシルバーで
ミニマムながら有機的な空間は、
今思えば私っぽいかも知れない。

その透明な鏡台の、その引き出しには
貝殻が入っていた(イメージの中で)。

インテリア雑誌か何かからインスパイアされた部屋かな?

非日常の空間でありながら、
そこにいるイメージの私は
とても心地よく落ち着いていたけど、
なぜそんなイメージが湧くのかは分からなかった。

けれど、その心地よさ、
透明な引き出しに入っている貝殻
という不思議な存在感は、
印象的だった。


今回それが再び甦って、調べてみたら
貝殻は、女性器の象徴だということを
はじめて知った。

妊娠や出産、結婚に対して
強いブロックがあった私だから、
潜在的なところに、そのシンボルをしまっていた
というのなら、
ブロックを外した今ならわかる。

いずれも、私のイメージや感覚の中で起こり、
私の記憶と現実をすりあわせる
私だけの物語。








11月に入って、話題に出ていた
「引越ししようか」
という思いを、行動化した。

いつか、と描いていた海辺の街に住むこと。

3年前、一人で物件探しをしようと思い立った
あの時のつづきで
急きょ、物件めぐりをしています。

昨日は
何気なく内見を申し込んだわりに
よくよく聞いたら、かなり理想的だった新築物件
を見に行きました。

願ったとおり、天気は良好。

その物件には、いくつものコンセプトがあって、
賃貸でありながら、
暮らす人々のストーリーを
そのまま引き継いでいくため、
現状回復せず次に渡す、という話を聞いた時は、
「すご〜〜い!!」としか言えなかったけど、
なんだか、こみ上げるものがあった。

結婚して、直後に妊娠した時、
私もいつか子孫に、
こういう曾祖母がいたなんて、言われる時が来るのかも
と思ったのに似た「熱」というか。

私が生きているということは
私の人生だけに留まらず、
この時代を生きる人々に留まらず、
未来永劫「人類」という命の源泉にもなりうるんだ、
という、果てしなく圧倒的な力というか。

幼い頃、祖父母の家の前で遊んでいた自分と
丘で嬉しそうにはしゃぐ娘の姿が重なって、
泣きそうになった。


IMG_2336_convert_20171118073144.jpg

IMG_2344_convert_20171118073156.jpg

IMG_2349_convert_20171118073208.jpg

想い | trackback(0) | comment(0) |


2017/10/25 (Wed) Highly Sensitive Person

カウンセリングを始める前、
編集の仕事をしていた私は
「人の話を聞く」ということを意識せず
やり続けて来たのだな、とある時思った。


それ以前に、
学生時代、友人の相談に乗ることも好きだったし、
何より、母が話す色々に応じていることが
そもそも「私の役目」だったことにも気づき。

話を聞いたその先の目的は違っても
私がここに存在し、
何らかの話や、そこに宿る感情のエネルギーに応じる
ということは、ずっと変わらず
きっとこれからも変わらないのだ、と思った。

だから、何屋であっても、私は私という仕事をしている。
「私を生きる」という仕事・天命を果たしている。







メディアもSNSも、
何をどう発信するか、という「押し出す力」が
賞賛や共感を得る対象にある中で
様々な想いを受け止め、受け容れるという
相手から「引き出す力」にも、
同じように
あるいはそれ以上に
重要で、価値あることなのだ、ということを
周りに教えてもらった。

それは決して目には見えず、
言葉にするなら
安心感や、包容力といった
相手に感じさせるもの、かも知れない。

頼りたい、受け止めて欲しい、と感じたことがあるなら、
その人には要素があったのだと思う。

いるだけで場が和む要素、
いるだけで人が安心する要素、
いるだけで空間が明るくなる要素。

それを「存在感」と言ったりもする。

共に佇み、風に揺らぐ大地の草花のような。






c093c39779c4b95d81a8689f8b572b24_s_convert_20171025152121.jpg



感性の繊細さは、まだ「生きづらさ」と
ひとくくりにされたりするけれど
感受性が豊かであること、
環境や空間に敏感に反応できることは
あまり重要視されない過去があったように思う。


先日、HSP(Highly Sensitive person:とても敏感な人)
に関する本を買った。
ようやく、こういう本が出るようになったんだ、と嬉しくもなった。

表紙の美しさと、
以前、耳にした内容だったことで購入したものの
読む前に「今の私ではないかな」
と閉じてしまったけれど、
いつか読む時が来るだろうことも、わかる。

何より、帯裏にある

あなたは、「神経質」でも、
「忍耐力がない」わけでもありません。
敏感さは、愛すべき「能力」です。


この言葉が、私の想いを言い表していて、
すでに無意識と化してしまった自分自身の
「感じる力」「応じる力」を
なお一層愛して行きたい、と思った。

私の周りには、
この能力を持つ人たちが
とても多い。

そしてそれは、とても幸せなことだと思う。

想い | trackback(0) | comment(0) |


2017/10/16 (Mon) 名付け

ずっとずーっと前に
子どもに付けたい、と思って
心にとどめてた名前がある。

と言っても、
「子どもに付けたい」というのは後付けで
単純に、好きな響き、好きな字面を
身近なものにするために
子どもの名前、って事にすれば
忘れないんじゃないかと思って。





そのふたつ、
実際に現実化することができました。

正しくは、できてました。

すっかり、すーっかり忘れてたけど。
子どもじゃないけど、
子どもみたいなもの。

ひとつは、とあるグループ名。
もうひとつは、とある場所の名前。

私のではなく、
人の所属・所有するものの名前だけど、
命名の際に立ち合った時、
ちょっと感慨深い思いがあったな。





d9748e09972b1abac85e2edd06b798a2_s_convert_20171016214424.jpg






その名は、凛(りん)と伊織(いおり)。

そのことを突然思い出して、
私の人生で成し遂げたいことは
「喜ばしいものをたくさん生み出すこと」と昔言ったし、
なにげに私、多産かも、と。

散文 | trackback(0) | comment(0) |


| TOP | next >>

■PROFILE■

 

■CATEGORY■

最新記事

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

月別アーカイブ