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2017/03/28 (Tue) 覚悟と変容

2月末、結婚記念日と誕生日のお祝いに、
家族で金沢に行きました。

10年ぶりの金沢。

兼六園の敷地内にある金澤神社は
とくに夫に縁がある気がして、とりあえず
そこには行こうと決めて行った。

あとは家族3人の、様子と気分と流れ次第で。

お参りをした後、夫が
「何か、感じた?」
と言うので
「う〜ん、特には。でも空気がすごく良かった」
と答えると、
「俺は、住所から名乗って、ちゃんと挨拶したんだ。
 そしたら龍が出てきて、ちょっと怖い、と思った」
とのこと。

自分の中の何かが開いちゃうような、
そういう怖さ、とのことだったので
それはきっと、いい兆しだよ、うんうん。
とか、ひとりごちて。






以来、ふたたび川が合流して、水脈が太くなったような。

隣で見てる私でさえ
ちょっとびっくりする。

人ひとりの自覚や覚悟って、
こんな風に周囲を巻き込んだり
変容させてしまったりするんだな。

もともとあった存在が有効になるだけ、なんだ多分。

まるで、宵闇の山頂で
普段は見えない星の多さに驚くような。







時々夫が、改まって
「ありがとうね」とか
「玲ちゃんが言ってた通り」とか言うから、
「へ?なにが?」
と聞き返したり
「私、別に何もしてないけど」
と言っちゃうけど、
いや、きっと
私が私としてそこにいて、
感じたり、思ったりすることを伝える事

特別でも頑張ってもなく
息をするようにやってる事こそ
私の役目なんだろうな、
と、言い聞かせるように思った。

だって私の目の前の景色は、変わっていく。

変わっていって初めて、
ああ、ここにたどり着くための
あの時、あの選択、あの想いだったんだな
なんて、改めて思ったりする。





超、個人的感覚言語。

想い | trackback(0) | comment(0) |


2017/03/06 (Mon) 池川クリニック

2017年は、年明けから2週間もたたないうちに
身の周りで3人の赤ちゃんが産まれました。

今年もまた、たくさんのベビたちが
地球にやってきます☆☆☆

私の世界は、ひそかにベビーラッシュ。






先日、池川クリニックの感謝祭に参加してきました。

たまたま、久々にホームページを観たら
昨年で分娩の取り扱いを終えたことを機会に
企画された感謝祭でした。
迷ったけど、夫に「行こう!」
と後押しされて、早速もうしこみ。

相談してよかった!
申し込んでよかった!

おかげで、申込フォームの
「クリニックや先生とのエピソード」
という項目欄のために
色々回想することができて
当時感じきれてなかった感情も出てきて。

夫とも、また一段深い会話ができました。







そもそも、池川先生を知ることになった映画。
映画をみた直後にわかった妊娠。
近所の病院で、違和感があって訪れた池川クリニック。
いないと言われた赤ちゃんがいたこと。
自然流産の一連の流れを、受け容れられたこと。
再び妊娠したこと。
健診のたび、毎月夫とふたりで金沢八景まで通ったこと。
夫と付き合う前、ひとりで金沢八景の物件を見に行ったこと。
そして、予定日より1週間早い七夕に、娘が産まれたこと。

導かれた、というのが一番フィットする
一連の流れ。






それにしても、
産んだ瞬間は「無」だった。

と周りに話してたけど、
それは夫が泣きそうになってたことに気がいってて、
私の感情に触れるタイミングが無かったんだ
というのも、今回改めてわかって。

「娘が産まれて、本当によかった?」
という唐突な質問に、夫は涙ながらに、
本当に、よかった。
産んでくれて、本当にありがとう。
と言ってくれ、
それを聞きながら私は感動のあまり
「感無量。胸がいっぱいでもう何も話したくない」
とまで言った(笑)。

日頃、夫を見てれば一目瞭然なのに、
私自身の感情がわからなかったことで、
夫のそれもわからなかった。

それにしても夫、
自分でも、話しながらそんなに思ってたのか、
って解った。

と言っていて、この機会がなければ
娘が産まれたことが
私たちにとってこれほど溢れる想いでいた
ということを知らなかったかもしれない。

そんなわけで、私たちにとって
素晴らしい出産の機会を与えてくれた池川クリニック、
分娩を扱っている時期に出逢えて
それまた運命的な采配だったと
ありがたく思います。

先生、また更に菩薩的な自愛オーラ、出てたなぁ〜

妊娠・出産 | trackback(0) | comment(0) |


2017/01/13 (Fri) 花咲じいさんに出逢った話・その3「鮨」

前回のお話
花咲じいさんに出逢った話・その2「食」



愛や平和とは
ほど遠い自分になりつつ、
生産性や効率優先で
ないがしろにされて来たもののことや、
食の大元にある「土」や「種」などの
時代や流れや、人の手に影響をうけていない
本来の「原型」を知ることは、
私にとって
命を考えることでもありました。

実践はともかくとして、
マクロビの中にある
陰陽や心土不二という思想、考えに出逢って
これまで編集者として、まだ見つかっていなかった
医療や栄養の分野が伝えている
人が求める「健康」や「より良い人生のあり方」
というものへの、ひとつの回答が見つかったかも。

そんな想いも。






なにより、その少し前に
「機能不全家庭」や
「アダルトチルドレン」
「共依存」
という概念を知り、
私の当時(振り返ればずっと)
悩みや苦しみの原因・要因が
生まれ育った「土壌」や「背景」に
大いなるヒントがある
という事とも、リンクした気がして。

過去、背景、ルーツ、
そして蘇生
そういったものの中に、
鍵を見出だした、という感じです。







子どもたちや、子育て中のお母さんたちの
食の意識改革、といった内容で
その女性のサポートをすることになり、
チラシをデザインしたり、
写真撮影をしたり。

そもそも彼女に玄米菜食のことを
教えてくれる人がいる、
という話を聞き、
一緒に会いに行くことになりました。

彼女の口ぶりから私は、
作務衣を来て、殺風景な和室に静かに暮らす老人
をイメージしていたのだけど、
実際には、毛玉のついたジャージを履いて
江戸っ子口調で話す、目尻の下がった白髪のじいさん(!)
でした。

桜木町の、小さな雑居ビルの屋上階。

殺風景な和室どころか、
ごちゃごちゃとろくに片付いていない部屋で
大音量でニュースを見ていました。

カレンダーには色々と書き込まれていて
仏壇には、奥さんの思わしき人の遺影が飾られ
カーテンレールには、洗濯物がいくつも吊るされて。

いかにも「老人の一人暮らし」という感じ。





「玄米菜食のことや、大切なことを教えている」
というじいさんは、ニコニコしながら
「よく来たねえ」と言い
ビルの向かいにある寿司屋に連れて行ってくれ、
私たちはランチセットをご馳走になるのでした。

白米だけど…?
マクロビでは魚は少量、
中でも赤身や青背じゃなく
白身魚をすすめているはず、だけど…?




つづく。

花咲じいさんに出逢った話 | trackback(0) | comment(0) |


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